003番:部屋にないもの
ここからは、「カウンター」での情報処理に用いる編集の型、つまり情報を有効に取り出すための「フィルター編集術」を学びます。
003番では 部屋の中にあるものに、特定の「フィルター」をかけ、「注意のカーソル」を使っていろいろな情報を集める稽古をします。次に、情報の領域をぐっと広げ、特定の領域に「ないもの」を引き出します。レパートリー・カウンター・パレットの「カウンター」とは、フィルタリングの段階ともいえます。これを、もう少し詳しく説明しておきましょう。
●カウンターでの情報処理=フィルターを意識する
インターネットや雑誌から、あるテーマについての情報を収集するときには、ニュースソースがしっかりしたものだけにしようとか、明日すぐにでも役に立つ情報にしようとか、数値情報が明記されたものにしようといったふうに、自分のなかでいくつかの「フィルター」(ふるい)を使い、取捨選択しながら進めています。
アタマのなかの情報を収集するときも、このような「フィルター」が、大きな役割を果たしています。私たちはほとんど無意識のうちにいろいろな「フィルター」をかけながら記憶のレパートリーから情報を引き出したり、集めたりしているのです。
たとえば、「ニューヨーク」という言葉から連想できることを、できるだけたくさんあげてみましょう。アメリカ、自由の女神、ブロードウェイ、ビッグアップル、9.11…というふうに、思いつくまま、できれば声に出して挙げてみてください。
次に、思い浮かんだ情報を振り返り、順番を意識しながら次のことを確認してみてください。どういうものがたくさん挙がったか、どういうところで思い浮かぶものがとまったか、どういうことを思い浮かべたら、次の情報を思い浮かべやすくなったか。そこには、情報を選択するときに働いている「フィルター」があることがわかってくるはずです。
●あるものにフィルターをかける=フィルターを意図的に変えて情報を集める
比較的思い浮かべやすかった情報は、あなたのアタマの中の「フィルター」を通過しやすかった情報です。逆に、なかなか思いつけなかった情報は、「フィルター」の網を通りにくかった情報です。
たとえば、「口に出してみる」=「言語化してみる」という条件を設けたことにより、アタマのなかでは漠然とした風景や印象ではなく、地名など名辞化しやすい情報を集めようというフィルターがかかっていたはずです。映像的には思い浮かぶのに言葉に出にくかった情報は、このような「名辞化フィルター」に引っかかった情報なのです。
一方、自分の得意な分野を「フィルター」として活用するということもあります。音楽に詳しい人であれば、漠然とした「ニューヨーク」というイメージ群に「音楽」という「フィルター」をあてはめて、ニューヨークの音楽関連情報をあれこれ思い浮かべることができます。また、ブロードウェイまでは浮かんだけれど、上演されたミュージカルのタイトルは思い浮かばなかったという人は、ブロードウェイミュージカルという「フィルター」までは設定できたけれど、記憶のレパートリーのほうにミュージカルの情報がなかったということになります。その場合は情報を調べて充当すればよいわけです。
このように、ただ何かを思い浮かべるということでも、自分のアタマのなかのフィルターが関係しています。あらかじめ自分のもっている「フィルター」のクセを知っておいたり、あるいは得意な「フィルター」を明確にしておけば、情報収集はかなり手早く、より適確にこなせるようになります。この003番は「フィルター」を意図的に変え情報収集をするということに慣れてもらうための稽古です。
●SNS時代に重要視されるフィルタリングの技術
こうした情報処理技術は、SNS時代のコンピューターやインターネットにも採り入れられています。たとえばアマゾンなど多くのECサイト等で用いられている「この本を見ている人はこの本も見ています」や「このDVDを買った人はこのDVDも買っています」というレコメンドエンジンには、協調フィルタリング(Collaborative Filtering)という技術が使われています。これは、本人が商品をチェックまたは購入したデータと、その他のユーザーのデータの両方を用い、その購入やクリックのパターンから人同士の類似性、または商品間の共通性を解析し、個人の行動履歴や嗜好性と関連づけることでその人にあった商品やサービスを提示することができる方法です。
協調フィルタリングによるレコメンデーションは、購買データやクリックデータなどの「注意のカーソル」の向きによって人と人の類似性を定義し、自分に似た人が持っていて自分が持っていない商品が推薦されてくるという仕組みになっているのです。自動的な他者のフィルタリングに負けずに、自分自身のフィルターをもつことが必要な時代ともいえます。
●「不足の発見」=「ないもの」フィルターで情報を集める
情報を収集する技法をマスターするには、まず、目に映るものを単語にして挙げてみることです。たとえば部屋の中の情報を集めるには「この部屋には本棚と机と、テレビと、観葉植物・・・がある」というふうに、そこにあるものを集めます。大切なのは、次にその逆をやってみることです。たとえば、「この部屋にはパソコンがないし、ピアノがないし、犬もいない」というふうに、そこに欠けているものを思い浮かべてみるのです。このような「ないもの」に気がつくことが編集術をダイナミックにおもしろくさせるのです。
企画やプランニングは、「何が足りないか」ということに着目することから始まります。たとえば既存のレストランに「足りないもの」を発見していくことで、まったく新しいサービスや空間を発想していくことが可能になります。また、ある町に「不足しているもの」を観察していくことから、町の活性化の方針が生まれていくことでしょう。このような「不足の発見」は、編集を起動させるための大きな契機になります。
ここで、「ないもの」を使った鮮やかな編集術の例を挙げておきましょう。百人一首を編纂した人物として知られる藤原定家に、「見渡せば 花も紅葉もなかりけり 浦の苫屋(とまや)の 秋の夕暮れ」という和歌があります。定家が見ているのは、秋の夕暮れのうらさびしい浜辺の風景ですが、そこで「花も紅葉もない」と言ってみせることで、何もない風景のなかに、満開の桜や紅葉を出現させているのです。
このような編集方法によれば、「ない」もののほうが「ある」ものより、はるかに豊かな情報世界につながっていることが見えてくるでしょう。日本文化には、このように目に見える情報を絞りこむことで、逆にイメージの情報量をふやすというすぐれた編集の例がたくさんあります。
たとえば茶室や能楽堂は、非常に抽象的な、いわば浦の苫屋のような何もない空間です。何もない状態にしておくことで、四季折々の花鳥風月や、物語や和歌などの言葉やイメージを呼び寄せることができる編集装置になっているのです。
【参考文献】
千夜千冊 654夜『幻想の感染』
スラヴォイ・ジジェク
千夜千冊 1162夜『グーグル・アマゾン化する世界』
森健
『連塾 方法日本 II 侘び・数寄・余白 アートにひそむ負の想像力』
第五講 日本美術の秘密
「余白の美意識」(187ページ~)
「枯山水」(220ページ~)
『日本という方法』
第5章 ウツとウツツの世界
「無常とウツロイ」
(115ページ~)