003番:部屋にないもの
ここからは、情報を「分節して関係づける」うえで、きわめて有効な編集の「型」を学んでいきます。これらは基本的な編集技法であると同時に、いかなる時でも、またどれほど高度な編集であっても、さまざまに組み合わされ用いられる技法です。
編集術とは、情報と情報のあいだに潜む、さまざま関係を発見する技法です。単に目の前にあるものを見比べるだけではなく、認識したものをどのように表現していくかということ、つまり情報のインプットとアウトプットのあいだで行われる思考作業や表現作業にも、編集術が大きく関わっています。
この、通常は「思考」と呼ばれているプロセスは、私たちのアタマの中にある幾つかのパターンに沿って情報を関係づけながら行われます。これを編集工学では、「編集思考素」(thought form)と呼んでいますが、「思考」や「表現」をレベルアップするためには、こうした「型」に意識的になり、自由に組み合わせながら動かしていくことが大切です。
はじめに取り上げる編集思考素は「三間連結型」です。これには「ホップ・ステップ・ジャンプ」や「松・竹・梅」、「S・M・L」から「過去・現在・未来」にいたるまでたくさんの例があげられます。

この稽古では、 「A─B─C」 の型に順序づけた情報を並べます。同じ「A」でスタートしても、オーダーの設定次第で、「─B─C」の情報が変化することを、アタマの中で体験してください。
イシス編集学校のコース名となっている「守・破・離」も代表的な三間連結型です。これは習い事や武道などでよく用いられる言葉で、「守」とは、型を学び真似る段階、「破」は真似て体得した型を破り応用する段階、「離」は新しい型を創る段階のことを言います。千夜千冊 1252夜 (藤原稜三『守破離の思想』)でも詳しく説明されていますが、イシス編集学校の[守][破][離]においても、「型を守って型に就き、型を破って型へ出て、型を離れて型を生む」となっています。
一方、もう一つの伝統的な型である「序・破・急」も、三間連結の典型例です。世阿弥は、何がおこるかわからない予兆の「序」、過激な変化をおこす「破」、加速的に事態が判明していく「急」の三段階で、世界を瞠目させるドラマツルギーをつくり出しました。
こうした例からもわかるように、三間連結型の妙味が味わえるのは、3つの情報の<間>に意味や様態や性質の変化が起きるときです。連続した動きでありながら、別のものに「成って」いく。科学ではこれを「相転移」と呼んでいますが、三間、四間、五間といくらでも増やしていけるこの型は、モノゴトの生成変化や相転移を編集するのに極めて有効な型です。
身の回りで見られる相転移の例としては、水が「個体⇔液体⇔気体」となったり、虫が幼虫から成虫に変化する例などが挙げられます。編集工学はことのほかこの「相転移」を重視しています。編集は、ただ「ある」ものを組み替えることではなく、そこに意図的に働きかけて、何かに「なる」ための「相転移」をおこし新たなものを「創発」させていくことを目指すものだからです。
三間連結は、あらゆる情報に対し有効な型です。哲学者のホワイトヘッドが指摘するように、宇宙でおこることのすべては「オーダー(順序)」を持っています(千夜千冊 1267夜 中村昇『ホワイトヘッドの哲学』)。三間連結は、「オーダー(順序)」と「変化」をもつ世界を巨視的に捉え理解するのにとても役立つ型なのです。
たとえば、世界史は地域的な多様性が大きく、まとめて把握するのが難しいものです。しかし、「古代→中世→近代」と時系列のオーダーを設定すると、比較して理解することが容易になります。神話を背景にした王の統轄する「古代」、地域領主が地方分権化した「中世」、機械による生産と選挙による中央集権を実現した「近代」と、異なる地域の世界史を統合的に見ることができるのです。
二番目に学ぶ編集思考素は、「三位一体型」です。これは<情報の決め技>といってもよいくらい、抜群のパワーを発揮する3点セットです。企画やコピーにおいて使われるだけでなく、思想や宗教の中心概念あるいは小説や物語の基本設定などにも使われています。

実際、人間は三つのセットを作りたがる動物であると言いたくなるくらい、「三位一体」はあらゆる所に見られます。音楽の三要素(メロディー・リズム・ハーモニー)や三大珍味(キャビア・フォアグラ・トリュフ)をはじめとして、三種の神器(八咫鏡・草薙剣・八尺瓊勾玉)や3K(きつい・危険・汚い)などというものまであります。
宗教の分野では、この型の由来となっているキリスト教の三位一体説が有名です。そこでは、「父なる神」・「子なるイエス・キリスト」・「聖霊」の神の3つの位格(ペルソナ)が同質で不可分のものだとされています。「三にして一」とはいかにも神秘的ですが、単なる「一」でもバラバラの「三」でもなく、三つで一つであるからこそ巨大な宗教パワーが宿ることになったとも言えるでしょう。
日本人もことのほか三位一体を愛してきた民族と言えるかもしれません。たとえば「雪月花」は、日本人の美意識を「冷え寂び」というレイヤーで切り出したものです。「冷え切った寂しさの極地の雪」「みずから光ることはないが生命や精神に影響を与える月」、そして「芽吹きと開花によって賑わいながら散りゆく花」の三つに日本人の感性や思想が凝縮されているとも言えます。この「雪月花」という三位一体は、川端康成がノーベル賞受賞の講演で日本的美意識の根幹にあるものとして紹介し、世界中に感動を与えました。このように三位一体がしっかりと決まると、世界を動かすほど強いメッセージ性を持つようになるのです。
三間連結型も三位一体型も、すばやく情報を引き出し、思考を組み立て、多くの人に印象深く伝えることに適した型です。「3」という数には、不思議な編集的パワーが宿っているようです。日常生活においても、御三家、三大〇〇、トップ3にビッグ3と、私たちはなにかとこの「型」を用いています。
編集学校でも、隠れた三間連結や三位一体の型がよく登場します。たとえば、005番で学んだ「要素・機能・属性」も、システムを構成する三位一体です。今後も、稽古のなかでさまざまな三間連結・三位一体の型が出てきますから、ぜひ楽しみにしていてください。
【参考文献】
『松丸本舗主義』P28 図4
「本」「人」「場」の編集関係図。三つ の情報カテゴリーをひとつのユニットと して、それら大中小のセットを組み合わ せながら作成した図。
『才能をひらく編集工学』 第3章:才能をひらく「編集思考」 10のメソッド メソッド06〈組み合わせて意味をつくる 三点思考の型〉(238ページ~)
千夜千冊 1508夜『世阿弥の稽古哲学』西平直
千夜千冊 1252夜『守破離の思想』藤原稜三
千夜千冊 754夜『拳の文化史』セップ・リンハルト
※相転移について
千夜千冊 1060夜『生命を捉えなおす』清水博
千夜千冊 1225夜『非線形科学』蔵本由紀